プロローグ
長いこと、ビールを飲みながら日本ハムの試合を見るのが週末の楽しみだったのだが、ふと変な気持ちになる瞬間があった。選手の皆さんはあんな遠くのあんな小さなミットをめがけてあんな速い球を投げ込んでいる。そんなプロの皆さんを、今日のあの人は調子が悪いなあだの、あの人は最近よく打たれているなあだのと思って観ているわけだが、スクリーンのこっち側の私はただの酔っ払い。お前は わざわざ自分の精度落として何やってんだ。
年の初めに何人かと会って話したことをきっかけに、自分は一体どんな仕事をしたいのだろうか、と考えていた。n度目。こういう話は中学生の進路の時間から割と「答えなんて出るわけない」と逃げ続けているけど、前よりずっと老いた今、「あー、生きたなー」と思って死にたいかも、とちょっと思った。それすらもいろんなスタイルがあると思うんだけど、私の場合はもっと日々のアクションに血を通わせたいと思った。
日々のアクションに血を通わせる…。そもそも毎日心も体も全然万全で生きている気がしないんだけど。そんなんじゃ全然生ききれてなくない?
まあつまり、今よりもっとずっと、丁寧に生きたいと思った。
ビール
別にそんなに酒飲みってわけでもないが、ビールが好きである。
なんだけど、アルコールって寝る前に飲んだら睡眠の質は悪くなるし、昼に飲んでも他に何も生産的な活動ができなくなって時間が溶けていくだけだよなあということをとても実感している。そんなわけで、別に厳しい禁酒令ってわけでもないんだけど、日常のちょっとした隙間に「とりあえずビール」を入れることは意識的に避けるようになった。
ただまあ、他に何もできなくなることについては、意図してやる健康的な行動だってそういうことはあるわけだし、それをやるぞと決めたらやっていいよねとは思う。午前中に太陽浴びてスキーをしたら、午後はほとんど仕事ができない。お世話になっているお医者さんも、「楽しく生きる方が大事だから飲みたきゃ飲みなさい」と言っていた。
まあ、一人で飲む理由は無くなったかなー、という感じ。休暇中に人と会うときにわいわいビール飲みたいよね。飲むよ。
ところで、さっきのお医者さんというのは、ニコニコ太っている小児科医のおばあさん。彼女によると、人類の歴史においてお酒が大切な役割を担った時代があったらしい。なんか難しい話で理解できてないんだけど、人間ってのはその昔はまだあんまり人間じゃなくて…、みたいな話に聞こえた。まじでよくわかってない。
お肉
ニコニコおばあさんの紹介で、また別の信頼できそうなお医者さんに出会った。こちらのおばあさんはいつも難しい顔をしている。
「ひいひい汗かいて自転車で坂登って帰宅するような通勤生活をしているのに全然強くならないんですけど!」と相談したくて紹介してもらった。血液なり尿なり唾液なり諸々検査してもらって、以下のような指導をいただいた。
まず、寝る前三時間は何も食べないこと。そして三時間より前に食べるその食事は軽めにしろ。野菜とかスープとか。お肉はやめておけ。あんたの内臓は老廃物を処理しきれておらず、フィルターが詰まった状態。ボロい車のようだ。夜寝ている間にしっかり内臓に仕事をしてもらいなさい。
次に、もっとたくさんタンパク質を取ること。一日の早い時間に。一日取る分の半分のタンパク質を朝食で取ってしまいなさい。おやつは肉や魚を食べなさい。あんたはガス欠だ。
加えて、言われるがままに数種のサプリメントを飲んでいる。現代の食事ではどうしても取りきれない栄養素とか、あるようである。
この人に会ったとき、ちょうど数ヶ月前に日本で優秀な成績を収めた人間ドックの結果を持ち込んで行ったのだが、どうやら世の中のそういう検査というのは彼女からすると基準が甘々だそうで、それらの数値だけでもたくさんのツッコミと舌打ちをいただいた。自分なんて全然健康じゃなかった。しゅん。
朝起きる
そんなお二人のおばあさんのアドバイスに大体従って半年くらいを過ごし、強くなり、毎朝力がみなぎっている…、なんてことは決してなかった。まあ前よりは体の調子が良くなっているかも?というくらい。
なんとなくわかっていたけど直視していなかった問題があった。それは睡眠。
元々睡眠は大事にしているつもりではあったのだけど、時間の長さについては覚悟が足りていなかった。私は職場からとても遠いところに住んでいる。早く帰りたいから、という理由でじゃあその分朝働こうということで朝四時に起きていた。これをバッサリやめた。
睡眠って、良質なものを取れば長さは短くていいのでは、という願望がないかい?どうやらそれは望めないもののようで、長さも質の一部、という話を聞いた。YouTubeでだけど。真実は知らないが、一旦腹括って時間を使うことにした。
ところでずっと前から、さっきのニコニコおばあさんに午後十時と午前二時の間は寝ておけと言われていて、それは頑張って守っていた。…守るようにしていた。この時間帯に寝るのが一番、みたいな話は子どもの頃からよく聞いていたんだが、同じ長さを寝るならいつだって同じなのでは?とずっと不思議に思っていた。ニコニコおばあさん曰く、人間だって結局は生命なんだから、地球とか月とか太陽とか、色々そういうののリズムと連動しているんだという話だった。なるほど、そう言われてみれば分からんでもない。
というわけで、朝起きる目標時刻を四時から六時に変えた。
さらに、ちょっと眠いと思ったら出勤を諦めることにした。冷静に考えてみれば、職場の皆さん、体調不良で在宅勤務とかよくやる。なんで自分こんなに頑張ってんだ。睡眠不足は体調不良だ。通勤は消耗する。在宅なら小昼寝できる。
これで大分楽になった。どれくらいかっていうと…。四時起き生活時代、多分私は常に眠かった。会社の廊下を歩いていて、ふと「いやあ…、二本足で歩けてるってすごいよね…。ちょっと油断したら倒れそうだよね…。」と思うこととかあった。怖っ。そのレベルの慢性的な眠さが無くなった。
夜寝る
加えて、夜しっかり寝て回復するための試みをいくつか続けている。
物を書くことを始めた。といってもなんでも雑に書くだけのもの。私はどうもぐだぐだ色々考えてばかりの人で、ずーっとぐだぐだ色々考え過ぎて夜寝付けないということがよくある。頭の中のノイズはこちらへどうぞ、といつでもなんでも書き出す用のノートを導入したら、これが劇的に改善した。元々は「なんだか毎日デジタルで始まってデジタルで終わるのは不健康な気がする…」という思いから、非デジタルで毎日を始めて終えるための試みとして始めてみたのだけど、始まり終わりに関係なくなんとなく頭を軽くしておくということにおいてとても効果が高いと感じている。
本を読むことを始めた。本を全く読んでいないことへの危機感はずっとなんとなく持っていたのだけど、この度やってみたら、読書は寝る前の習慣としてちょうどハマった。これまで読書が苦手だったのは、すぐについ別のことを考えてしまって結局何も読めていないというところにあった。それが例のなんでもノートのおかげで、あら不思議、本が読めるようになった。
仕事を意識的に「はがす」ことを始めた。頭の中のノイズをノートに吐き出して、空いたところに文学を入れてもなお、なんて言ったらいいのかな、頭の核の部分が熱を持った板みたいな何かにぺたーっとくっついていて、全然寝るモードになってくれないということを感じていた。特に在宅勤務した日に起きるこの現象は、多分普通に勤務時間が長いせい。午後六時にはバッサリ仕事を切り上げることにしたところ、この問題は解消された。
いまここ
諸々の取り組みのおかげで、睡眠習慣はたいそう改善した。朝がずっと快適!
残る問題は中途覚醒。どんなに快適に入眠できても、ほぼ例外なく夜中何度か目が覚める。あれ、本当にやめてほしい。深淵に沈んだまま、気がついたら朝になっていてほしい。中途覚醒、あいつまじなんなんだ。
覚醒時にうっかり電話を見てしまってはっきり目が覚めてしまうのは最悪だから、代わりに枕元にはアナログの腕時計を置くことにした。
すると次は、電話を見るよりはずっとましだけれども、時間を見ることが覚醒度をあげちゃってるじゃんねと気づいた。まじで朝になるまで起きてやらんぞ、時間なんて確認しないぞという強い気持ちが大切。とはいえ、私の住む地域では季節によっては朝六時はまだ暗い。時計を見ずして、「もう起きていいぞ」の合図がほしい。というわけで、サンライズアラームを導入した。あの、時間になると音が鳴るんじゃなくて明るくなるやつ(音も鳴らせるけど)。今んとこ一応これが最適解。
四時起き時代から通じて感じることだけど、どんなに長く寝ても、暗いうちに起きるというのは辛い。太陽の明かりを受けて、ちゅんちゅん言ってる鳥さんとともに起きるのが絶対体にいいじゃんね。まあ、現代社会ではそんなこと言ってらんないよね…。今住んでいるお家、夜は真っ暗だし音も何も聞こえなくて、一番うるさいのはフクロウさんの鳴き声だったりするんだが、それだけでも全く幸せな話だろう。
いまここ。
他にも、日中のスタミナ切れがどうしても早い気がするとか、もっと強くなりたいなあとか、課題は尽きない。でも確実に前に進んでいる。
人生を取り戻す
「丁寧に生きたい」の裏には「ありがとうと言いたい」という気持ちがある。決して偉大な人生を歩んでいるとは思ってないし、なんなら自分の納得する生き方さえ見つけられていない。そんな中で、特に信じている神がいるわけでもないので誰に対してなのか全然わからないんだけど、「命くれてありがとうね」というような気持ちが、どういうわけか、ある。
でも、自分の時間を雑に過ごしているようでは全然心から「ありがとうね」なんて言ってらんないじゃんね。
今に始まったことではないのだけど、最近特に、会社員としてのお仕事のリズムに、生きる人間としての自分のリズムを持ってかれてしまっていて、丁寧に生きられていないと感じている。油断するとひたすら消耗していて、ご機嫌でいるとか、人に優しくするとか、そんな基本的な「自分のやりたい生き方」さえできなくなってきているという危機を感じている。
ここに書いた新しい習慣は今のところ三ヶ月くらい定着していて、おかげでだんだんと人生を取り戻している実感がある。このまま全部取り戻すぞ。
多分お話はそこから。